22 :大人になった名無しさん :03/10/22 00:00
中学の頃の親友M、いまどうしてるだろう。
思えば変な奴だったよな~。
高校が別になって最初の冬休み、突然俺の家に来て
「昨日、学校に行って休みの宿題全部提出してきた!」
と自慢げに言ったんだよね。
で、俺がもう冬休みの宿題だしたのかよと感心すると、
M「ううん、夏休みの宿題。」

その後、造園会社に就職するも「力仕事はきつい。」と言って半年で退社。
そんでもって就職活動中の俺の家にやってきては、なぜか俺に就職の相談をしていたな。
「どの仕事が俺に向いているかな?」って求人誌持ってきて・・・。

音信不通になってから数年、元気にしてるかな。
いろいろと目が離せない奴だっただけに、いちばん気になるんだよな。
まあ性格からして2ちゃんに出入りしてそうな奴なんだけど。
32 :大人になった名無しさん :03/10/26 03:08
小学校の時ラオスの難民の子達が何人か編入され、そのうちの二人と友達になった。
卒業し、中学生になった時、2人とは離れ離れに。
一人は学力が追いつくまで他の小学校に再編入。
もう一人は在学中に白血病で亡くなった。
枯葉剤というものの恐ろしさを知ったのはその時だった。
薬の副作用で髪の毛が抜け落ち、学校生活の半分を保健室で過ごしながらも一生懸命日本語を勉強していた彼女。
2年ほどの短い付き合いだったけど未だに忘れられない。


48 :大人になった名無しさん :03/10/26 20:17
中学の頃、アホなことばかり話してた仲良しがいた。
みんなの前ではおとなしいけど仲間内じゃ一番面白い子だった。
私は県外受験で遠くの高校へ行き、彼女は地元の女子高に行った。
引越しする朝、彼女の家のポストに手紙を入れてきた。
この家にくるのもこれで最後かと思うと切なかった。
高校に入ってから一年ほど手紙や電話のやりとりが続いたけれど
学校があまり楽しくないらしい彼女はいつも私に「逃げ」を求めてきた。
もし近くにいてあげたら力になれたかもしれないけど
遠くの私に頼ってばかりじゃこのままだと駄目になると思って
しばらく連絡をとるのをやめてお互い頑張ろうという手紙を書いた。
甘えてごめん、一人で頑張ってみるという返事をもらってそれっきり。
今でも住所知ってるけど、なんか連絡がとれない。
元気かなあ、あの時突き放してしまってそれきりだけど時々心配になる。


54 :大人になった名無しさん :03/11/07 23:10
いなくなる友達って多いよなあ
小3で転校してきて小4暮れに引っ越した子や
小5のときに仲がよくなったと思ったらその年の12月に転校したり
小学校に入ってから中学・高校ととても仲がよかった香具師も
高一の2学期入ってまもなく交通事故にあって・・・ 見舞いに行った時は愕然としたよ
目のところはガーゼで覆われており、体中にチューブが付いていて酷いもんだ
ほぼ脳死状態で事故ってから二週間後に死んだ・・・

何年も経ってから昔の友達に突然電話するのってきつくないですか?


56 :大人になった名無しさん :03/11/08 08:52
実家の隣に住んでた幼馴染。
写真だと、生後8ヶ月くらいから一緒にいたみたい。

小中と同じ学校で、この時期の男女の壁もなく
なんだかんだ言って頻繁に一緒に遊んでいて、
高校では一緒にバンドやってたりした間柄。

お互いが東京に出てしばらくは親交もあったけど
次第に疎遠になり、オレとしても【実家に帰った時に会えば】
位の感覚で気にも留めないでいた。
でも、実家に帰れば帰ったで、他の奴等と遊んだり
で会う事もなく、部屋の電気が点いてるのを確認して
【あ、帰ってるな】と確認する程度でした。

そんなこんなで10年が過ぎてオレが地元に戻って来た時
すでに隣の家は空き家で、近所の人や同級生に聞いても
転居先は分からずじまいで、結果として二度と会う事も
話す事も出来なくなってしまいました。
いつでも会えるからイイやという気持ちから、大切な
友達に二度と会うことが出来なくなってしまいました。


90 :長文スマソ :03/12/08 05:52
中二の時、大阪から転入してきたDくん。
妙に気が合っていろんな話をした。
でもからかわれるのがいやで話をするのは放課後。
場所は屋上にでるドアの前だった。
汚いマットに座って毎日下校時間までいろんな話をした。
夏休みも私の家の前や近くの河原でほぼ毎日話しをした。
兄が”お前ら付き合ってるのか?”って誤解するくらい会ってた。
友達の話や好きな人の話、他愛のない話ばかりだったけど
とても楽しくて大切な時間だった。

3学期になってからDくんはボーッとする事が多かった。
心配だったけど聞かれたくないようだったので何も聞かなかった。
2月のある日、いつものようにマットに座って話をしていたら
Dくんが突然抱きついてきた。
抱きついたまま声を殺して泣いていた。
びっくりしたけどしばらくそのままでいた。
そしてDくんはいきなり立ち上がって
「今日はもう帰るわ、バイバイ」といって階段を下りていってしまった。
そしてDくんは何もいわずに次の日に転校してしまった。

夜逃げ同然でこっちにきて、ここにもいられなくいなって夜逃げした、と
Dくんの近所に住んでいた子が教えてくれた。

あの切ない泣き方は今でも忘れられない。


128 :大人になった名無しさん :04/02/01 23:50
俺に付き添って夜遅くまで学校に残ってくれた友人が寒さにやられてしまった。
もともと病弱だったあいつはその9日後に息を引き取ったよ。
俺はあいつを殺したようなものだ。でも、いい奴過ぎて、あいつが俺を恨むところが想像できない。
今、俺は2ちゃんねらーだったあいつが、生前にカキコしたと言っていたスレを過去ログから
探し回っている。


142 :大人になった名無しさん :04/02/20 01:09
小3の終わりに引越してそれ以来
10年以上会っていなかった友達に去年会った。
みんな俺のこと覚えていてくれてて感動した。
1番嬉しかったことは俺が覚えている思い出は
彼らもほとんど覚えていてくれたことだ。
俺んちでホラービデオ見たなんていう
くだらないことまで覚えててくれた。
小学校のグラウンドで昔みたいにサッカーした。
グレちまった奴、勉強ばっかしてるような奴、
変わっちまった奴も多かったけど、
一度友達になっちまえば
どんなに長い間会わなくても永遠に友達なのかなと思った。


144 :大人になった名無しさん :04/02/20 01:38
保育園から小中高まで一緒だったあいつ、
高3の二学期から学校に来なくなった。
父親の事業の失敗で夜逃げしたと聞いたときはびっくりした。

どこで知ったかは知らないが、なんかガラの悪そうな男の声で
俺を含めた同級生の家に「○×(友人の名前)がどこに行ったか知らないか?」と
しつこく電話がかかってきた。もし知っていても誰が教えるものか。

担任のS先生が言っていたぞ「みんなであいつを守れ!汚い金の亡者から
あいつを守る事がお前たちの今できるたった一つのことだ!」ってな
S先生らしいだろ?こんな事を言う教師も少ねぇよw
お前、S先生にだけは事情を説明していたんだな・・・水くさい事するなよ(泣)

なあ○×、今どうしてるかは知らないけれど
俺たちは今でもお前の事が大好きだ。いつかどこかで会う事があれば
そのときは美味い酒でも奢らせてくれ。みんなで思いっきり騒ごう。
いや、会えなくてもいい。お前が幸せであってくれれば何も言う事はない。


146 :大人になった名無しさん :04/02/20 18:12
俺はどんな友人でも別れるときは「またね」と一言添えるようにしてる。
明日会う予定のあるやつにも、もう2度と会う見込みのないやつも。
「またね」と言ってもらえると嬉しいし、何かどこかで繋がっているような
気がする。
俺がお前らのこと覚えてるんだから、お前らも俺のこときっと覚えているよな?
みんなに会いたいなぁ・・・・。


150 :大人になった名無しさん :04/02/22 07:11
高校生だった頃の話。漏れには親友と呼べる奴がいた。
そいつは背が高くて、顔も男前で、スポーツ万能で、頭も良くて。
優しくて、とっても女の子にもてた。
そんな彼と漏れが何故親友と呼べる仲になったのか。
それはバイクだ。バイクという共通の趣味が漏れ達を引き寄せてくれた。
いつも2人で暇さえ有れば走り回った、どんなに遠い場所でも、こいつと
一緒ならたどり着ける。そう思っていた。
ある夏の日。通い慣れた峠の休憩所でアスファルトに寝ころんで、
一緒に星空を眺めてた。街に降りたら見ることの出来ない秘密の空。
奴が言った「クラスのUちゃんと付き合い始めた」
よくもてる奴だったが女の子ときちんと付き合った事は無かった。
「大きいバイクを買ったらUちゃんを乗せてこの星を見せるんだ」
漏れはがんばれよとだけ言った。




151 :大人になった名無しさん :04/02/22 08:36
それから数日後、先に行ってるとの電話を受け、漏れは
その峠を登っていた。ひときわ暑く、セミが盛んにわめいていた。
すると上から凄まじい勢いで救急車が下っていった。
「誰か事故ったのか・・?」そう思った時、漏れの目に飛び込んできた物。
バキバキに砕けた銀色のカウル。そして形を成していない車体。
後頭部がカッと熱くなり、腹の底が冷たくなる様な感覚がした。
間違いなく奴の愛車の残骸だった。
急いで119に連絡しどの病院に運ばれたか調べてもらい、
その病院まで最大速度で走った、この時初めて信号無視をした。
病院に着いた時、既に奴は命を引きとっていた。
内臓破裂で即死だったそうだ。
原因は二車線いっぱいを使ってドリフトしてきた対向車だった。

それから一年4ヶ月経った頃、季節は冬になっていた。
最初の頃、溢れる程花が供えられていた場所も、
もう誰も訪れなくなっていた。
「あたし達彼を一生忘れない!」
泣きじゃくりながら話した女どもも。
あんなにちやほやしてた癖に・・・漏れは愚痴をこぼすしか出来ない。


152 :大人になった名無しさん :04/02/22 08:52
そんな中、ある女子が漏れに話しかけてきた。
それは奴が付き合うと言っていたUだった。
Uは、漏れに奴が亡くなった場所に連れていって欲しいと言った。
漏れは、バイクのタンデムシートに彼女を乗せて行った。
何故か漏れは胸が締め付けられるような気がした。
現場に着くと、彼女は泣きながらこれで諦める事ができると言った。
どうしてもあいつが死んだ事が認められず、ここに来れなかった、
でもこれでようやく踏ん切りがつけられると。
漏れはその姿を見て、あいつが居なくなった事をまた噛み締めた。

なんか当時を思い出してたらえらい長文になってしまった。
スレ汚し失礼。


172 :大人になった名無しさん :04/04/25 21:38
10年前専門学校の時の友達は
携帯の普及はまだしていなかったから
今では東京が実家の奴1人しか連絡がつかなくなった

みんな日本全国から集まってきてたから
一人暮らしだった奴が多数、固定電話だってもう通じやしない
もう遠の昔に地元に帰った奴、まだ郊外にワンルーム借りてがんばってる奴
いるのかな・・・ホントどこ行ったんだろ

引越しするたびに友達の電話番号なんて淘汰されるんだろうな

でも、不思議と会いたい気は起きない
もし会えたとしても、その帰り道また現実に帰るようで足が重くなる
いや、そんな感情より、損得勘定の方が大きいのかな
なかなか昔の知り合いって3時間程語りあったのでは溝は埋まらない
妙に空回りをする、昔の話ばっかりだから生産的じゃない

その変わりそいつらの顔をたまに思い出したりします
自分の人生のほんの一瞬だけでも、色濃いものしてくれてありがとうを言いたい
学校の帰り道コンビニの前で肉まん頬張ったり、飲み屋で下らない事しゃべったり
内容は何ひとつ覚えてないけど、記憶の断片は鮮明に覚えてます。
もう会えそうもない人達、たぶん一生会わない友達、
この場を借りてありがとうを言いたい。 ありがとう。


181 :大人になった名無しさん :04/05/12 23:12
昔俺のつまらないギャグを爆笑してくれて
「師匠」と呼んでいてくれた原くん
原くんはテンションたかいけどいつもつまらなかった

別に芸人でも芸人志望でもないけど
あぁいったちょっとした事が俺に自信を持たせてくれた

原くん今はどうしてるかなぁ
家から歩いて5分くらいのトコに住んでたけど
少し奥まったアパートに住んでたから
今じゃたしかめようもない。
てか、たしかめようとは微塵も思わない
かわいい嫁さん見つけたかなぁ
俺も今でも空元気でやってるよ、原くんも元気ならそれで嬉しい
二度と会えそうもない原くん、さようなら


183 :sage:04/05/16 13:33
俺が厨房だったときのこと。
とても仲の良い女の子がいた。
彼女は学校でも評判の可愛い娘だった。
しかし、浮きだった噂も無く純情な娘だった。
彼女は俺と話すとき、いつも笑ってくれていた。
当然のように俺は彼女に惹かれていった。
一緒に映画を観に行ったり、カラオケにも行ったりした。
クラスメイトからはよく『お前ら付き合ってるのか?』
と言われたりしたが、付き合ってはいなかった。
彼女は遊びに行くときだって笑顔が絶えなかった。
俺はそんな彼女のことが本当に好きになった…いや、愛していた。
『恋は下心、愛は真心』という言葉を耳にしたことがあるが、正にその通りだな(笑)
高校も同じトコへ行こうと約束していた俺たちは、いつでもこのままいられると思った。
だが…厨房時代最後の3学期が始まってからだ、彼女の様子がおかしくなったのは。
彼女は学校であまり笑顔を見せないようになった…無論、俺にも。
そんな様子が続いていたから当然俺はとても心配した。
だけど何もできなかった…笑っていない彼女を見るのが辛かった…。
そしてそのまま迎えた2月14日。
彼女は俺を近くの公園へ呼び出し、チョコレートをくれた。
最高に嬉しかったが、何故か彼女は泣いているような気がした。
そのまま言葉も無くすぐに帰ってしまったので確定できなかったが、間違いなかった。
俺はそれよりも彼女からチョコレートを貰えたことに感動し
その日はずっと家でそれを眺めていたんだ…。
………馬鹿だった…。
次の日、学校へ行くと彼女は欠席していた。
先生の口からは絶対に信じたくない言葉が発せられた。
その瞬間、俺は教室から飛び出し、彼女の家へ向かった。
遅かった…彼女は両親の離婚が関係し、転校したんだ。
もうあの日々は二度と経験できないと思うと涙が出てきた。
それから、彼女の友達からこの言葉を聞いた。
『あの娘、あんたのこと好きだったみたい。
いつも楽しそうにあんたのこと話してたよ。』

俺は彼女のあの最高の笑顔を絶対に忘れない…いや、忘れたくない。


185 :大人になった名無しさん :04/05/17 18:31
消防の頃6年間同じクラスで、よく隣の席になったTちゃん
よく嬉しそうに漏れにイラストをみせてくれて、そのたびに
「また描いてくね。」と言ってくれた・・・ある日、クラスの
男子に冷やかされ、Tちゃんの絵を破いてしまった・・・
Tちゃんは黙って漏れを見ていた・・・あの後、漏れは家に帰って
何でこんな事をしたんだと後悔した、その後Tちゃんと話す事も
なくなった・・・もう一回、Tちゃんの絵が見たかった・・・
そして、きちんと謝りたい・・・「ごめんね」と・・・


186 :大人になった名無しさん :04/05/18 18:52
6年前、上京してからずっと仲良かった友達が身を投げ、自ら命を絶った。
その2日位前にも会って、普通に飲んでダベってたのに、気づかなかった。
遺体は見れなかった。ご両親曰く、バラバラでとてもじゃないけど・・・との事だった。
混乱した。でも、涙が出なかった。
気づいたら、勝手に口が動いて、ご両親に
「あいつの力になってあげられなくて、申し訳ありませんでした」って謝ってた。
友達なのに気づいてやれなかった、何も出来なかったのが悔しかった。
ご両親は、あなたが謝るような事は一切無い、来てくれてありがとう、と言っていた。
でも、やっぱり納得いかなかった。

今年の命日も墓参りに行った。
これからもずっと、毎年必ず会いに行ってやりたい。


203 :大人になった名無しさん :04/06/05 17:51
幼稚園の頃から一緒だったY 白血病だったと知ったのは、亡くなった知らせを聞いた日の夜だった。
小学生の時、自分からよく「おれ20歳くらいまでしか生きられないんだ」と言っていた。
冗談だと思っていた。飯は大食らいだし、とても持病を持ってるとは思えない、冗談もいいとこだ そう思っていた。

その知らせを聞いた時、俺はその事実を受け入れられなかった。
なんでも、1ヶ月前から入院していたらしい。なぜ?白血病だからだ。
Yは、「入院している事をみんなには内緒にしてくれ」 そう親に頼んでいたそうだ。
俺は悔しかった。何もしてやれなかった。Yはどうだったんだろう?
望んで孤独な戦いをし、そして死んでしまった。どんな思いをしていたのか。
Yとは長い付き合いだった。それだけに、悔しかった。

俺は葬式に出る事ができなかった。Yの顔を今更見るなんて、できなかった。
それに、Yも俺に死顔なんか見られたくないだろう。俺だってそうだ。
Yの家に線香をあげに行った時 知らせを聞いた時にも出なかった涙が、とめどめなく流れてきた・・・・

約2年ほど前の出来事です。


207 :大人になった名無しさん :04/06/10 22:32
2月のある日、友人が腸閉塞で死んだ。
最後に彼を見たのは夏休みに地元に帰った際、友人達が集まって麻雀した時だったか。
彼の清一色に俺が振り込んでしまったことが思い出される。
彼の命日は奇しくも地元で毎年行われるの祭の日。
おかげで絶対に忘れられないんだけど。

毎年命日には友人数名で墓参りに行っていたのだが、3回目の命日。
かつて俺よりももっと彼と仲のよかった友人Kに電話。
俺「今日どうするよ?」
K「なに?祭?」
この時に俺の中で決定的な何かが切れた。

ある人が言った「私がいないのが普通になっていくんだよ」という言葉を思い出す。
そして同時に怖くなった。


235 :大人になった名無しさん :04/09/15 01:43:52
俺が小学生の頃じいちゃんが入院した。
今じゃもう覚えてないけど事故だかなんだかで…
今じゃもうじいちゃん癌でもう居ない…
ま、そんなことって言っちゃじいちゃんに悪いけどじいちゃんの入院先の部屋は2人部屋で
俺の一個上の奴が骨折だかなんだかでで入院してた。

今じゃもう話たきっかけは忘れたけど話が盛り上がって「友達」になったのは
スーファミのマリオカートだった。タイムがどーの裏技がどーのこーの。

結局、意気投合してじいちゃんのお見舞いよりも「友達」に会うことが楽しみだった。

今思えばかなりアホウなことしたと思う。
病人と一緒になって一般人のペースで「病院内を探検するぞ」とか言って一緒になってはしゃぎ回ったりもした。
ま、当然のことながら看護婦だかに怒鳴られたりしたさ。

でも、なんだかね。
バチがあたったかシランが友達が傷口からなんか症状が悪くなったらしくてね。
親が友達の親に平謝りしたたことと、友達が「また一緒に冒険しような」って辛そうに言ってた場面は今でも覚えてる。

でもって、次にじいちゃんのお見舞いにいったら友達は居なくなってた。
無事退院したのか、部屋が変ったのか、それとも死んじゃったのかその後の行方はわからない。

今じゃもう君の顔はただ、ぼんやりとしか思い出せないよ。
それでも君と遊んだ時間はとても楽しかった。

今、貴方が元気で生きていることを願います………

236 :大人になった名無しさん :04/09/15 13:29:32
>>235

その友達にとっては235の明るさと友情が何よりの救いになっていたと思うよ。
入院と言う特殊な日常の中で出会った光だったんだろうね。
きっと元気で暮らしてるよ。そう信じようよ。
またいつか再会できると良いね。

私も気がつけば周りに友達いないや。
人付き合いの上手な人間に生まれたかったよ。
「生涯の親友」なんて言葉、手の届かない理想だからこそ
夢見てしまうんだろうな。切ないよ。


277 :大人になった名無しさん :04/10/04 08:50:35
私の親友は去年、私の誕生日の次の日に亡くなりました。
死に目に立ち会えなかったから、未だに私は彼女が生きているかもしれないと
心の何処かで思い続けてしまっています。
私の親友は犬です。
長いクリーム色の毛をした雑種の綺麗な犬です。

ここに文章をまとめれば、少しは自分の中で整理が付くかもと思ったけど
次々思い出が吹き出してきて全然まとまらなかった。
虐待とか周りの大人達から白い目で見られるとか集団無視とか色々あった時
あんただけだったよ、なんの偏見もなく私の側に来てくれてたのは。
その事にあんたが居なくなってから気付く私もどうかしてる。
なんで看護する時間もくれないくらい、あっという間に居なくなっちゃったの?
おこがましいけどさ。
あんたが一番心許してくれてたのは私だったんだって
あんたが死んでからやっと気付いたよ。
自分の事に必死になっちゃって、全然側にいかなくてゴメン。
あんたが私を信頼してくれてたんだって気付いたから
やっとお母さんを許せたよ。信頼する事が出来るようになったよ。
なんでやっと糞オヤジも許して家族が仲良くなれそうになってきた時にあんたがここに居ないの。
そうですか、人間の友達作れですか。
あんた以上の友達が出来るかよ!!
どうして私は夢見れないんですかね?快眠してるから?
夢の中でくらいもう一度会いたいよ。
会いたいよチロ。
もう抱き心地も忘れちゃったよ。寂しいよ。

最近鬱になっちゃったよチロ。でも頑張って治すよ。
色々あったけど、私が今生きてるのはあんたのお陰だって思ってる。
ごめんなさいもありがとうも言う暇与えてくれなかったって事は
覚えておけって事だよね?

だったら絶対忘れない。
忘れないから、だからどうか私を見守っていて下さい・・・。

乱文、長文スマソ。


289 :1/4:04/10/07 15:58:56
小6の春から3年間同じ塾に通って高校受験を一緒に乗り越えた奴らは
男女も越えて、友達というよりは仲間・・「戦友」という言葉がしっくり来る。
あいつらと出会ってもう10年になるのかな。
私が鬱病で毎日死にたくて苦しんでいた時、一人が
「あんたがたとえ鬱病でも人殺しても借金まみれになっても、味方だから」
って言ってくれたりした。

高校受験で、成功した奴も失敗した奴もいたけど、
もう二度と会えないのは、失敗して大学の付属に行った中の一人の男の子、T君。
第一志望に彼より成績がちょっと悪かったような奴が受かったりもしたのに
笑顔で「おめでとう!良かったな!」って言っていた。
高校に入っても、
お互いの文化祭に行ったり、集まって遊んだりして月日は過ぎた。



290 :2/4:04/10/07 15:59:48
高3の冬、12月の寒い日だった。
私は受験を控えて、学校が終わった後ミスドで勉強してた。
そこに、仲間のひとりの女の子Aから電話。
私「お、ひさしぶり~^^ 元気~?」
能天気な私の言葉に、返ってきたのはそれを打ち砕く一言だった。
A「さっきね、T君が亡くなったらしいんだ」
私「・・は?う、嘘でしょ?なんで!?」
想像だにしていなかった私は、ドッキリでひっかけようとしてるのかとさえ思った。

A「私もT君がずっと入院してたの昨日知って、
明日お見舞い行こうって約束したばっかりなんだよ・・まさか今日死んじゃうなんて・・」
私「は!?入院なんてきいてないよ!?」
A「みんなは受験があるからって、
私たちに心配かけないように秘密にしてたらしいんだ。
入院してるって、昨日T君の学校の人からきいて知ったんだよ。
・・本当に信じられないよ」
私「嘘でしょ・・・」



291 :3/4:04/10/07 16:01:33
信じられなかった。私と同じ年の、18歳の、仲間が、T君が、病気で、死んだ?
頭が真っ白になって、お店の中の雑音も遠くに聴こえた。
もちろん勉強どころじゃなくなって、仲間内に電話をかけまくった。
連絡をとりあって、みんなでお通夜に一緒に行くことにした。

お通夜の日。色々な制服で集まった。
高校の制服姿の参列客が列を作っていた。
T君は、遺影の中でいつも通り笑っていた。
お焼香の順番が回ってきて、T君そっくりな弟を見たとき
涙が溢れた。泣いている私に向かって、お母さんが深く頭を下げてくれた。



292 :4/4:04/10/07 16:02:10
みんな、若い友達が死ぬということに現実感がなかった。
私たちはケンタッキーに行って、学校のことや受験のことを喋って
バカなことをやって、いつも通り笑い合うことしかできなかった。
通夜帰りに笑うなんて不謹慎かもしれない。
でも、どうしても、誰も、T君のことに触れられなかった。
信じたくなかった。
もう会えないなんて、もう話ができないなんて。
お見舞いにすら行けなかった悔しさが胸に渦巻いた。
喋ったら、その瞬間に本当のことになってしまいそうで。
笑っていないと、
悲しみが堰を切ってしまって耐え切れないだろうことが
みんなわかっていたから。
帰り際、一人の男の子がポツリと言った言葉は今でも忘れない。
「もうこの先50年は、この中の誰も死ぬな。約束だからな。」

T君が亡くなって、もうすぐ4年。
いつもの仲間と飲みながら、
ようやくT君の名前が出せるようになってきた。
香典返しに同封されていたテレホンカードは、
今でも未使用のまま財布の中に入れて持ち歩いています。


296 :289-292:04/10/08 20:07:23
長文読んでくれて、ありがとうございました。
今日はT君の月命日です。
一つだけ、どうしてもやりきれないことがあって
吐き出す場所がないので、勝手に書かせてください。。お願いします。

後日、T君の直接の死因をよくよくきくと、
もとの病気は快方に向かっていたのに、急変したと。
医者が注意して投薬すれば防げたはずのものなのに・・許せない。
訴えれば勝てたかもしれない。
だけど、そうしたところでT君は返ってこない。悲しみが増すだけ。

実は私の父が、T君の疾患臓器が専門の医師なんです。。
知っていれば・・教えてくれれば・・・連絡をとっていれば・・
何かできたかも・・もしかしたら死なせずにすんだかも・・
どうして医師を目指している私が、医師を父に持つ私が、
一番身近な人の力にさえなれなかったのか。
その後悔が、今でも思い出す度に胸を突き上げてきます。
本当に悔しい。悔やんでも悔やみきれない。本当にごめん、T君。
もう誰にも、二度と、こんな思いをさせたくない。
今、私は医学部で学んでいます。
私は患者の家族や友達にこんな思いをさせない医師になることを、
T君に誓います。
天国で会った時に、俺より長く生きてたくせに
なにやってたんだお前、って叱られないように、精一杯、勉強します。

読んでくれた方、ありがとう・・


316 :大人になった名無しさん :04/11/02 04:25:51
小学校から中学初までモノスゴク仲良かった友達が、中学2年で突然に不良になっ
た。 同じ学年でありながら疎遠になった。 ある時、別の友達の所に遊びに行く
と、その「幼馴染み」がいた。 俺は怖かったが、その後その「幼馴染み」は俺にタバコ
とかを投げつけ、帰ろうとする俺に唾をかけた。

その後、そいつはレベル最下位の工業高校に行くも、退学。 地元の暴力団に入り、
電話番とやらをやってる、というのを風の噂で聞いた。 しかし組織社会に馴染め
ず、暴力団を辞め、逃げた。 その後、殺人+麻薬で懲役10年位。 新聞にも大々
的に載った。 元指定暴力団組員「○元○夫」容疑者。 俺達家族は絶句した。

小学校の時は夕方遅くまで、キャッチボールをしたり、犬に小石を投げてた俺を「虐
めたら可哀想やろ!」と叱ったくれた○夫。 毎朝、俺の家に寄って、登校した小学
校時代。 当時流行った「怪物くん」の絵を描いて、お互い見せ合った小学校時代。
玩具を持ってなかった俺は自分で作っていたが、それをいつも「△君はすごいなぁ。
エジソンみたいや。」と誉めてくれた○夫。 誕生会の時はいつもいた。 うちに
泊まったこともある。 遅くまで起きて、一緒に絵を描いたり、漫才のネタを作った
りしてた。

なぜ、あんなに変わってしまったんだろう? 彼には何が起きたのだろう? 


329 :大人になった名無しさん :04/11/23 04:53:22
親友がいました。

4歳の時、保育園にて。何が気が合ったのか、今ではもう忘れてしまっ
たけど、俺達はは毎日のように遊んでいたよな。ザリガニの釣り方や、
自転車の乗り方をお前は教えてくれた。

小学校に入り、お前とは2年間だけ同じクラスだった。一緒のクラブに
入ろうと誘ってくれたのはお前だったよな。俺が水泳苦手なのを知って
いて誘ったんだよな、水泳部。運動音痴な俺が、未だに泳ぐことだけは
人に誇ることが出来るのは、あの時お前が誘ってくれたからだよ。あと、
お前のあだ名を付けたのは俺だった。ひどいあだ名だったよな。それで
も、そのあだ名は高校に行っても言われ続けていたよな。嫌なら言えよっ
て言ったら、折角のあだ名だし結構気に入ってるって言ってくれたのが
救いだった。学芸会で一緒に悪い虫の役をやったよな。真っ黒の服きて
二人してセリフは一緒に叫んだ「逃げろ、逃げろ」だったな。あの時に
歌っていた劇中歌は酒飲むと必ず歌ったな。

中学に入って、同じクラブに入ろうと誘ったのは俺だったよな。お前が
生き物好きでよかったよ。名前だけの生物部だったけど、餌やりなんか
を理由にしては夜の学校で遊びまくったな。ある日突然、池の鯉が全滅
したのは、お前が治療薬を間違えて入れたことだってのは誰にも言って
ないぞ。あの頃、お前が好きだと言った子は俺の好きな子の親友で、何
だか変なところでも気が合うなぁって言ったよな。俺はお前と彼女の取
り合いにならなくてほんとに良かったと言ったら、「戦わずして負けを
認めるか」と言ってよな。俺は負けても良かったよ、お前を失いたくな
かったから。


330 :大人になった名無しさん :04/11/23 04:53:59
高校は別々になったよな。お前が受ける高校に、俺の成績では入れなかっ
たから。でも、休みになるとキャンプや釣りに行ったり、時間を作って
遊んでたよな。お前が演劇部で、俺は放送部。よく手伝いに行かせても
らったよな。機材の使い方や台本のチェックとか何かあると頼りにされ
て嬉しかったよ。この頃に麻雀や煙草に酒を一緒に覚えたよな。今でも
煙草は美味くないが吸っている。お前と一緒の銘柄だ。

大学は何故か俺が先に入ったよな。心理学の勉強したいと言ったら、ら
しいなって言ったよな。お前は浪人するは、やっと某有名国立大学に入
学したと思ったら、獣医になりたいって大学受け直して、北海道に行っ
っちまったんで、帰省した時にしか遊べなかったよな。お互い、女性に
奥手だけど次の年には彼女の写真を持ってこようっていって、二人とも
彼女は見付けられなかったよな。あの後から、お前の実習が忙しくなっ
て、俺が就職して、だんだん連絡取れなくなった。お前は、俺より5年
も長く学生だったんだよな。その5年間に何があったんだ。俺も仕事の
忙しさと辛さに耐えてたんだぞ。薬飲みながら休職と復帰を繰り返して
たんだ。



331 :大人になった名無しさん :04/11/23 04:54:48
そう、お前と同じ様に耐えてたんだ。うつ病って病気に。奇遇にも同じ
病気になって毎日苦しかったんだ。お前もそうなっているとは知らずに。
俺がお前に相談できなかったように、お前が俺に何も言えなかったのは
よく解る。けど、死ぬことはないだろう。何が安楽死だ。競走馬に使う
点滴を自分に打ちやがって、何が安らかな死に顔でしただ。お前のお袋
話も出来ないほど泣いてたぞ。獣医師免許の資格を取ったばかりなのに
何でだ。力になれなかったのが悔しい。電話をしなかったのが後悔され
る。メールだって送れたのに何故出来なかったんだ。お前が死んでから
俺はしばらく何も出来なくなっちまったよ。逃げやがってよ。

あれから、何年か経つけど、俺の近況だ。俺にも娘が出来た。もう2歳
になる。この前、息子も生まれた。子供達の母親は病気の時に俺を支え
続けてくれた人だ。お前に紹介したかった。良い嫁さんだってな。今ま
で苦しかったんだ。伝えたい事が色々あったのに言えなくってさ。この
場を借りて言わせてもらいました。どうも有難うございました。

親友へ。またお前と話したい。そちらには天国も地獄もないことを祈る。


384 :大人になった名無しさん :05/03/19 05:52:15
出会ったのは俺が16の時高校中退してすぐの頃。
あんたは俺の5つ上で当時先輩嫌いだった俺は正直最初はウザイと思っていた。
上の連中なんてたかってくるだけだし、
先輩に言われて当時大流行していたオバケのパー券とか毎月10万はさばいていた。
どいつもどうせ同じだろうと思っていたけどあんたは違った。
強くて優しい人だった。
俺のくだらない話や悩みを真剣にきいてくれて答えを出してくれた。
先輩という存在が嫌いだというと、
俺とおまえの間にはそんなもんないじゃん
っていってくれた。
買ったばっかのBMWのなかで俺が酒飲みすぎてゲロちゃった時も
おまえで良かったよ。他の奴だったら金請求してるよ
っていってくれた。
あんたが大学卒業して就職してからはお互い忙しくあんまり遊ばなくなった。
俺もあんたが言ったように大検取って大学を受験することにした。
俺のあこがれだったあんたは就職してひげを剃り髪を切った。
他の奴だったらだせぇと思っただろうけど
俺もあの人見たくなりたい。と思わせた。
そして大学受験の2ヶ月前突然あんたは自殺した。
あのころは何でか全く分からず1日泣いて1週間ふるえが止まらなかった。
あんたが死ぬ一週間前いきなり家を訪ねてきてくれたのに
予備校に行っていて家にいなかったことは今でも悔やまれる。
あの時俺に何を話そうとしたのかなぁ。
何か言いたいことがあったんじゃないのかなぁ。
未だにふと思うことがある。


あれから5年。
大学も卒業して無事就職もした。
髭も剃ったし髪も切った。
あのころは何で死んだか全然分かんなかったけど、
同い年の今何となく分かる気がする。
あのころでは考えられなかった悩みを抱え日々苦悩している。
あんたと同じ選択はしないが、時間が戻るなら一言だけでも伝えたい。
気楽に行こうよ
ってね。


387 :へら :05/03/20 14:01:14
小学校の6年間も一緒クラスだったN子。ケンカなんか毎日ってほどするけど、次の日顔を合わせば仲直りしてた。
その時は嫌いだって言ったり思ったりしても、10分後には謝りたい気持ちでいっぱいだった。
そんなN子は小学校卒業したら北海道へ引っ越すことを卒業式前日に私に言った。
急すぎて、私は怒った。
親友なのに、普通前日に言う!?って、すごく怒った。
あの時のN子はすっごく悲しい顔をしてた。

卒業式当日。私は、まだ怒っていた。
いつものケンカとは違ったからか、私だけが怒っていたからか、素直になれず、、N子と目が合っても避けるばかりだった。
卒業式が終わって、N子が卒業アルバムを持って私のところに来た。
「メッセージちょうだい?」って。
私は断った。
小学生なりのちっさなプライドが今では大きな後悔。
もう、あえなくなるのに・・・。バカだ。

次の日、N子は始発で発った。

あれから8年。
成人式になって、久しぶりに小学校時代の同級生と会った。
懐かしい友達に会う中、N子だけには会えなかった。
「N子は来ないのかな?」
違う友達に聞いてみると、「N子・・・?あんた、聞いてないの?」って。
鳥肌が立った。
嫌な予感がした。
「亡くなったんだよ」

何度後悔しても、悔やみきれない。
自分を殺したくなるほどだった。

引っ越すことを伝えられないN子の気持ちは、今になってわかるのに・・。
謝っていればよかった。
N子にメッセージかいてればよかった。

その日、久しぶりに卒業アルバムを開いた。
N子の顔を見ると、涙は止まらなかった。

閉じようとしたとき、アルバムの最後のページが目に留まった。
私宛にメッセージを書いてあるページだった。
ひとつずつ、また目を通していると、ページの隅っこにN子の名前があった。
心臓が一打ちした。

「 ご め ん ね 。 」

ただそれだけ書かれていて、私はまた大泣きした。


N子、いまさらだけど、本当に大好きだった。
ほんとうに、大好きだったよ。


398 :大人になった名無しさん :2005/03/26(土) 10:16:07
先日、中学時代の友人からメールが来ました。

その子は当時とても仲のよかった女の子で、高校に入ってからもたまにメールをしていました。
しかしいつのまにかその子はアドレスを変えてしまい、連絡が取れなくなっていたんです。
その子は二日後にオーストラリアに発つ、ということで
挨拶を兼ねてのメールだったようです。一年以上音沙汰が無かったため、とても話が弾みました。

誰が誰を好きだっただとかあの先生はあんなだったとか
他愛も無い話で盛り上がってる中、僕は少し気になってたことを尋ねてみました。
「A子さんの連絡先知らない?」と。A子さんとは当時大好きだった女の子のことです。
リーダー格ながら謙虚で友達想いの優しい女の子でした。

A子さんとは結構仲が良くて、隣の席になったときなんかはずっと二人で喋っていた程です。
が、しかし当時の僕がA子さんに与えてしまった第一印象は最悪でした。
初対面で僕はいきなり「すごいくせっ毛ですね。スチールウールみたい」って言ったんです。
今思うとほんとにありえないけど当時の僕はあまりにも無邪気だったのです。
なのでしょっちゅう迷惑を掛けてしまっていました。
そしてその度に「嫌いだ嫌いだ」と言われていました。目の前で、笑いながら。

A子さんは僕が中学を転校する一ヶ月くらい前に引越&転校してしまっていて
当時の連絡網なども役に立たない状況でした。
結局最後まで迷惑を掛けっぱなしで、謝ることもできないまま転校してしまったので
何か後ろめたいものがずっとあったんです。


399 :大人になった名無しさん :2005/03/26(土) 10:16:51
今からでもA子さんに謝りたいな、と思い連絡先を知らないか聞いてみたら
そのメールに対する返信は「何も知らないの?」でした。
嫌な予感はしました。が、詳しく聞きたいという欲が勝りました。


「残念だけど、A子亡くなったの。今年で三回忌。」


「自殺。詳しくは私も知らないけど。」


正直何を言ってるのかわかりませんでした。冗談にしては悪質すぎると怒りもしました。
が、詳しく聞いていくとどうやらほんとのことだということがわかりました。

その子の話によると、A子さんが亡くなったことはほとんど知らされてないとのことです。
当時の生徒会長であり、先生方からの信頼も厚くA子さんとも仲が良かったそのメール相手の子と
A子さんの親友だった女の子くらいにしか知られていないそうです。
僕はすぐその親友の子、M子さんの連絡先を教えてもらうことにしました。

M子さんはすぐに返事をくれました。
何しろ四年ぶりの連絡です。宗教かなんかと思われないか心配したけどそんなことありませんでした。
しばらく社交辞令を交わした後に、A子さんのことを尋ねてみることにしました。


「最初に○○くんからメールきたときその件じゃないかなぁって思ったよ。
すごいでしょ(笑)ってか、高校に入ってからはあんまり会ってなかったから
話す機会も少なかったけど、中学の時は二人でよく○○くんの話したんだよ(^-^*)
○○くんは頭もいいし数学できるし、いい意味で気になる存在っていうか
ライバルって感じで。(←ってのは私が勝手に思い込んでただけかもしれないけど。笑)
A子ちゃんすごく楽しそうに話してたし、嫌いな人のことあんな風に話さないと思うなぁ。うん。」


正直泣きました。号泣でした。
もう何も謝ることが出来ないという事実と、もう過去の人になってしまっているという事実。
その二つの事実は僕の容量にはとても収まりきれませんでした。
そして結局、自殺の原因について聞くことは出来ませんでした。


ひとしきり泣いたあと、いつかM子さんと一緒にA子さんに会いに行こうねと約束をしました。
今はとてもA子さんに胸を張って会いに行けるような状態じゃないからです。
僕は今バンドをやっているのですが、いつかA子さんに僕の曲を聞かせに行こうと思います。
頑張ってる僕の姿を見せてあげようと思います。


おまいら自殺なんてすんなよ。


430 :大人になった名無しさん :2005/05/14(土) 14:42:04
小学校の時の友人S。
俺もそいつも結構運動神経がよくて、何かと体操系の種目で競ってた。
俺は私立の中学に行き、そいつは地元の中学に行った。俺は勝手に、そいつに負けないように練習した。
次に会うときに、色んな技見せてやろうと思って。そいつの悔しがるか拝みたくてw
それこそ、体操部にいたのかって聞かれるぐらいに色んな事ができるようになった。もうこれで、後は会うだけだと思ってた。
高校に上がった直後、小学校の友達からそいつが死んだと聞かされた。原付で走って遊んで、カーブで曲がりきれずに対向車線に飛び出して、車に跳ねられたらしい。
お通夜には行った。そいつの顔は、昔からあまり変わってなかった。
そいつの顔を撫でながら「何だよ…せっかく見せたいものがあったのに」って思った。
今でも、ちょっとした特技として友達に色んな技を見せる。みんな、すごいって言ってくれる。
だけど、これを本当に見せたかった奴はもういない。みんなにほめられる度に、俺はどこか寂しい気分になる。
まったく…俺が、これをあいつに見せられるようになるのはいつの話やら。


436 :大人になった名無しさん :2005/05/29(日) 19:57:59
会いたいよ。もう会えないなんて嫌だよ。
何にも悪いことしてないのに殺されちゃうなんて!
犯人捕まったら報告に行くよ。
待っててね。


487 :大人になった名無しさん :2005/08/01(月) 16:36:21
先週、親友が死にました。
小学時代は、俺も彼も裕福とはいえない家庭だったので
ファミコンも家に無く、平日は学童保育所に預けられていた。
鉄ゴマの技を競ったり、模様が剥がれて砂色になった
サッカーボールを蹴ったりして終日あそんでいた。
学校でミニ四駆が流行ったときも、2人とも本体は持ってたけど
カスタムパーツを買うこともできず、
ダンボールで組み立てたコースや滑り台走らせてたっけ。

中学時代、俺はタバコやらカツアゲやらが横行する学校についていけず不登校になった。
新聞配達をしてお金を貰えるようになり、スト2と読書に没頭した。引きこもりだ。
彼はサッカー部で頑張って部長になり、県大会出場までチームを引っ張っていってた。
それでも彼は暇が出来ては遊びに来てくれ、その時だけは俺も外で遊んだ。
高校は、俺は業者テストの偏差値さえあれば単願受験できる私学になんとか合格し
彼はスポーツ推薦で市立に入った。

高校を卒業し、彼は福祉の仕事がしたいとろうあ教育の教員になるべく北海道の大学へ進学した。
しかし在学中に父を亡くし、一人になってしまった母のためにやむなく中退して、彼は戻ってきた。
そして彼は、昼は俺と彼が通っていた学童保育所(児童館になっていたが)で
ほぼボランティアのような給料で働き、夜はガソリンスタンドで遅くまでバイトしていた。

そして夏休みに入ったばかりの先週、学童のキャンプで川に流され、帰らぬ人となりました。
急遽戻ってきた児童たちは全員泣いてました。
半ば呆然とするなか、俺にすごい良くしてくれたおばさんのためにも葬儀の手伝いをする中
俺の母が、1枚のはがきをもってきました。

2005.夏 長瀞にてー

彼がキャンプから俺に宛てた絵はがきだった。
「涼しくてサイコー」
彼が俺にくれた最後のメッセージ


493 :大人になった名無しさん :2005/08/09(火) 06:09:10
三歳ぐらいの時から、毎日のように遊んでくれた1コ上の兄ちゃんがいた。
成績優秀でスポーツ万能。しかも超優しい。
一人っ子の俺にとって、ほんとに兄ちゃんみたいな存在だった。
小4の時、真冬にサッカーしてて
林に入ったボールを取って戻ってきたら兄ちゃんが倒れてた。
慌てて抱き起こしたら吐いちゃって
その時は風邪ひいてるって言われてバイバイした。
しばらくして入院したって聞いて、病名も知らないのにお見舞いに行った。
退院できたけど学校には滅多に来なくなった。
外で遊んじゃいけないらしいんで、毎週土日は兄ちゃん家にくにおくんをやりに行った。

よく兄ちゃんのママンから「来てくれてありがとうね」って言われて
近所のオバチャンからは「○○君と遊んでるなんて偉いわね」って言われた。
言葉の意味が俺にはさっぱり分からなかった。
(はぁ?友達なんだから当たり前の事じゃないの?)
純粋にそう思えるぐらいバカなガキだった。
しばらくしたら絶対良くなって、また外で遊べるって思ってた。
親にも兄ちゃんのママンにも、そのうち良くなるって言われたし。


494 :大人になった名無しさん :2005/08/09(火) 06:27:55
ある日、やけに兄ちゃん宅に抜け毛が多いなって事に気付いた。
身長も俺のほうが上になったし、外に出ないから肌真っ白だし、腕も超細いし。
その事を親に話したら、脳腫瘍っていう難しい病気なんだよって初めて聞かされた。
兄ちゃんがあんまり長くないって事、なんとなく分かった。
それから急に顔合わせるのが辛くなった。
遊びに行く機会が段々減っていって、最後は全く遊ばなくなった。
しばらくして、晩飯の時間のニュースで
「病気と闘う中学生」みたいな感じの特集に兄ちゃんが出てた。
見るのが嫌になってチャンネル変えた。親に思いっきりビンタされた。

結局会う事になったのは2年ぶり、兄ちゃんが棺の中に入った時だった。
兄ちゃんのママンから「何か言ってあげて」って、凄い優しい声で言われた。
俺が遊びに行かなくなってから、どんな気持ちで毎日家の中で過ごしてたんだろうって
そう考えたら胸が張り裂けそうになって、何も言葉にする事ができなかった。
結局自分の事しか考えて無かった。もっと沢山会ってあげればよかった。
本当にごめんね。謝っても謝り切れないけど
あれからは身近な人を、いつでも大切にしようって思えるようになったんだ。
今年も線香あげに行くよ。


496 :KENT:2005/08/17(水) 12:39:34
ちょっと長いけれど、俺の親友についての話を暇だったら5分だけでも聞いてくれ。

小学校2年の時、奴は俺の通う東京の小学校へと転校してきた。
毎日ファミコンやらマンガ、近所の探検で一緒に時間を過ごした。
ちょっと変わり者で苛められる事もあったそいつが、俺のかけがえのない存在になっていた。いつの間にか、家族ぐるみの付き合いになっていた。
小学校4年の時、親が転勤族だった奴は引っ越していってしまった。もう会うことも無くなってしまうと、随分長い間俺は落ち込んだ。

それから5年ほど経った中3の冬。高校入試の面接待合室で、なんと奴は俺の前の席に座っていた。あっけにとられ、間違いなく間抜けなツラを見合わせる俺らw
そして二人でその高校に合格し、入学した。俺らはやっぱ何度でも再会する運命のダチなんだと確信した。
高校は同じ部活に入って、会えなかった5年を取り返す勢いで一緒に遊んだ。
センター二日目が終ったその日、俺らは将来を語り合いながら魚民で飲んだ。
農学部に合格したら、一生懸命英語も勉強して海外で農業のボランティア活動をしたい、と奴は目を輝かせていた。
素直じゃない俺らが、こうやって素直な気持ちを語れるお互いは本当にかけがえの無いダチだった。

結局、俺は地元の大学に合格して進学、奴は受験に失敗して滑り止めで合格していた制服を着る公務員になった。
高校卒業した後も、よく飲みに行ったり、遠くまで一緒に旅に出たりした。去年の春くらいまでは。
俺は理系3年生の忙しさと生活費の為のバイトで忙しく、奴と遊びに行く機会を失っていた。そんな中、去年の9月のある夜に職場関係者から電話を受けた。「○○(奴)が今日自殺した」って。
慌てて奴の母親に電話して、これから伺ってもいいですか?とだけお願いした。
死んだかどうか、なんて聞けなかった。母親はいつもの落ち着いた声で、「うん」とだけ言った。ほらな?やっぱ間違いなんだよ。
奴はよくある名前だ、他の誰かとの間違いに決まってんだろ。あいつの家についたら笑って当分ネタにしてやる。そんな事を考えながら電車を乗り継いで、深夜に奴の実家に着いた。
でも、間違いじゃなかった。
仕事に真面目すぎるくらい向かっていた奴は、思い悩んで首を吊った。
後日分かったことだが、変わり者ゆえに、小学校の時のように組織の中でイジメにもあっていた。
たった一本、電話でもしてくれれば止めに行ってやったのに。辛かったら仕事なんてやめちまえよって笑いながら酒を飲めたのに。
いつまでも馬鹿な俺らでいられたのに…
制服を着たまま眠り続ける奴に、俺は何度も何度も叫んだ。

この夏、俺は奴が成人式で一度だけ袖を通したスーツを着て望んだ院試に合格した。
結婚式を奴が仕切ってくれると言っていた婚約相手との同棲も4年目を向かえ、具体的な結婚について話し合っている。奴のせいで、友人代表探しなおさないといけない。

先週、俺は九州へと奴の墓参りに行った。
「高校入試で偶然再会できた時みたいに、今度生まれ変わっても必ず会えるよな?俺はお前と二度と会えないなんて、思っちゃいないんだよ。」
墓の前で俺はそうつぶやいた。
もうすぐ、奴が天国という学校に転校してから1年が過ぎる。





406 :大人になった名無しさん :昭和80年,2005/04/04(月) 00:31:35
        マタナー!

          /△                         ..半  ブーン
      ヽ(´∀`)ノ                          (
      (:::  )        アシタナー                ゝ、
  ::::::::::.<  ヽ    ヽ(´∀`)                     ヽ
               (:::  )>
            ::::::::::/  ヽ              (ノ´Д`)ノ アッ
                                 (;;;  )
                             ::::::::::: ノ ノ